登山でのクマ対策 出没状況・予防・遭遇時の行動まで完全ガイド

近年、全国各地でクマの出没が急増しています。登山やキャンプなど自然の中で過ごす機会が多い人にとって、「クマとの遭遇」はもはや他人事ではありません。山奥だけでなく、里山や市街地にまで現れるクマ。ニュースで「OSO18」や「スーパーK」といった異名を持つクマが報じられる機会も増えています。

環境省は2024年4月、ヒグマやツキノワグマを「指定管理鳥獣」に指定し、本格的な対策に乗り出しました。それほどまでに人とクマとの距離は縮まり、自然に入る登山者にとってもリスクが高まっている状況です。

この記事では、登山中にクマと遭遇しないための予防策から、万が一出遭った際の行動、そして携帯すべきクマ対策グッズまでを網羅的に解説します。正しい知識と備えが、あなたと周囲の命を守る第一歩になります。

2025年5月15日 更新

日本に生息するクマの種類と特徴

日本に生息するクマは、「ヒグマ」と「ツキノワグマ」の2種類です。地域によって出没する種類が異なり、それぞれに体格や行動特性にも違いがあります。

ヒグマ(北海道に生息)


北海道に広く生息するヒグマはツキノワグマよりも大型

ヒグマは北海道全域に生息し、国内最大の陸上動物とされています。体格は非常に大きく、オスの成獣で200~400kg、メスでも100~200kgとされています。行動範囲が広く、特にオスはメスの10〜100倍の広さを移動することもあります。

その生息数は、現在約1万頭以上と推定されており、特に道東エリアでは人的・農作物被害が深刻化。近年では、札幌市内でも頻繁に出没が報告されるようになりました。

ツキノワグマ(本州・四国に生息)


四国より北、本州に生息するツキノワグマは胸の白い三日月模様が特徴

本州と四国には、黒い毛並みに胸の白い三日月模様が特徴のツキノワグマが生息しています。オスで60~100kg、メスで40~60kgとヒグマより小柄ですが、攻撃力は依然として強力です。

四国では絶滅危惧の「地域個体群」とされ、徳島・剣山系を中心にわずか20頭前後が残るのみ。九州ではすでに絶滅したとされています。

どちらのクマも基本的には臆病で人を避ける性質がありますが、空腹や子グマを守る状況などでは、人を襲うリスクが高まることもあるため注意が必要です。

クマの出没が増えている背景


特殊な訓練を積んだベアドッグは、強力な吠え声によりクマを追い払う/写真提供:NPO法人ピッキオ

かつては「山奥の動物」という印象の強かったクマ。しかし近年は、人の暮らしに近い場所にも頻繁に現れるようになりました。背景には複数の要因が重なっており、登山者や自然愛好家にとっても無視できない問題となっています。

都市部や里山への出没が常態化

北海道東部に出没した「OSO18」や、秋田県の「スーパーK」といった個体がニュースで取り上げられるように、市街地や農地での出没はもはや例外ではありません。実際、札幌市のような都市でも近年は常態的にクマが目撃されています。

人的被害、家畜や農作物への被害(いわゆる「熊害」)も増加しており、2024年4月には環境省がヒグマ・ツキノワグマを「指定管理鳥獣」に指定(四国の一部を除く)。駆除や追い払いなどの対策に国として本格的に取り組む姿勢が示されました。

分布の拡大と「人を怖がらないクマ」の出現

ヒグマ研究者である北海道大学の坪田敏男教授は、「重大事件を起こすクマはごく一部」としつつも、分布の拡大と個体数の増加、さらには「人を恐れない新世代のクマ」の出現が、出没件数の増加につながっていると指摘しています。

特に2023年はドングリの不作が影響し、エサを求めて人里に降りてくるケースが目立ちました。自然界の変化や人間活動の影響が複雑に絡み合い、クマとの距離は年々縮まっています。

駆除だけでは解決しない「クマとの共存」

クマ対策は単に駆除するだけでは不十分です。坪田教授は「出没数を減らすには、人間側がクマとの距離感を理解し、適切に管理する仕組みづくりが重要」だと述べています。現場判断ができる専門人材の育成、ベアドッグの活用など、多角的な対策が求められているのです。

クマはシカやイノシシと違い、単純に数を減らしても被害が収まるとは限りません。むしろ、知識や仕組みを持たないままの駆除は逆効果になる可能性もあります。だからこそ、一人ひとりが「自然の中には常にクマがいる」という意識を持つことが、安全にもつながる大切な第一歩なのです。

登山中にクマに出遭わないための対策


山菜採りの際にはクマとの遭遇に十分注意を払いたい

クマとの遭遇は、ほとんどが「ばったり出会ってしまった瞬間」に起きています。つまり、クマに出遭わないように行動することが、もっとも重要な安全対策です。ここでは、登山中にクマと出遭わないための予防策を詳しく紹介します。

クマが好む季節・時間帯・場所を知る

春から秋にかけては、クマの活動が活発になる季節です。特に春先の冬眠明け直後や秋の食欲増進期(どんぐり・山菜を探す時期)は、クマと人が山中でバッティングするリスクが高まります。

また、クマは「薄明・薄暮型」といわれ、明け方や夕暮れに活動する傾向が強いため、早朝登山や遅い下山には注意が必要です。

さらに、タケノコや山菜はクマの好物。人もクマも同じ目的で同じ場所に入ることで、お互いに気づかず接近してしまい、事故につながることがあります。

クマに自分の存在を知らせながら歩く

クマは本来、臆病で人を避ける動物です。そのため、人の存在に気づかせることが最大の予防策になります。以下のような行動を意識しましょう。

・クマ鈴をリュックに下げて歩く
・定期的に手を叩いたり声を出す
・2人以上で会話しながら歩く
・見通しの悪いカーブや沢沿いでは特に注意

なお、一部地域では「クマ鈴に慣れてしまったクマが逃げない」という報告もあり、より効果的な音(爆竹・電子ホイッスルなど)の活用が推奨されることもあります。

低山や里山でも油断しない

クマが出るのは山奥だけではありません。群馬・奥利根など「関東最後の秘境」と呼ばれる場所はもちろん、里山やキャンプ場、公園近くの森でも出没例があります。

登山の難易度や標高にかかわらず、「そこに入った時点でクマの生息地に足を踏み入れている」という意識を持ちましょう。自然の中に入る限り、クマと遭遇する可能性は常にあるのです。

登山でのクマ対策グッズとその使い方

登山でのクマ対策は、「出遭わない」ことを前提にしつつ、万が一の「対峙」にも備える必要があります。ここでは、クマとの遭遇を防ぎ、いざというときのリスクを減らすために役立つグッズとその正しい使い方を紹介します。

音で存在を知らせる|クマ鈴・ラジオ・手拍子など

クマは人間の姿が見えなくても、音やにおいで察知して避けてくれることがあります。山に入るときは、まず自分の存在を知らせるための「音出しグッズ」が基本装備です。

クマ鈴


クマ鈴はつけるだけでクマよけにはなるが、過信は禁物

最も手軽なアイテムで、リュックやベルトにぶら下げるだけで常時音を鳴らせます。近年は「音が消せる」タイプや、「高音・低音」の選択ができるモデルも登場しています。

小型ラジオ

AMラジオをつけて歩くことで、クマに人間の気配を伝える方法として有効です。人の声と似た周波数の音が効果的とされます。

手拍子や会話

10〜20mおきに手を叩く、グループで会話しながら歩くなども有効。特に見通しの悪い登山道では意識して実施しましょう。一部地域では「音に慣れたクマ」も出現しており、単独行動や早朝・夕方には特に慎重な対策が求められます。

クマが嫌がる音で追い払う|ホイッスル・ベアホーン

音による「警戒」の範囲を広げたいときは、クマが嫌がる音を発するグッズが効果的です。

電子ホイッスル


防水機能もついた「NET-O電子ホイッスル」/写真提供:合同会社ブルベア

ボタンひとつで強い音を出せる電子ホイッスルは、瞬時の使用に便利。NET-O電子ホイッスルのように音量が120dBに達するタイプもあり、3段階の音色切り替え機能がついた製品もあります。

ベアホーン


高圧ガスにより大きな音を出すベアホーン/写真提供:モンベル

高圧ガスによって大音量を鳴らすアイテム。1回の使用は1/4秒〜1/2秒程度で十分で、800m先まで音が届くとされています。持ち歩きやすく、常にすぐ取り出せる場所に装備しておくと安心です。

万が一の防御に|クマ撃退スプレー


クマとの遭遇は突然。事前にリハーサルをしておきたい/写真提供:モンベル

クマと鉢合わせしてしまい、かつ接近されてしまったときに使用する「最後の手段」がクマ撃退スプレーです。

クマ撃退スプレーの概要
・主成分はカプサイシン(トウガラシ成分)
・北米ではヒグマを90%以上撃退した実績
・噴射距離は5〜6m程度

使用時のポイント
・すぐ取り出せる位置に装着(ザックのベルトや腰)
・風向きに注意しながら使用
・クマの目や鼻に向けて噴射(角度はやや下向き45〜60度)

注意:使い方を誤ると自分が被害を受ける恐れがあるため、トレーニング用スプレーで事前練習が推奨されます。

野生動物の痕跡を察知する感覚も大切


クマの足跡でその大きさや体重が推測できる

クマ鈴などの対策に加えて、周囲の音やにおい、痕跡を感じ取る力も重要です。草が揺れる音、生臭いにおい、フンや足跡、木に登った痕跡(クマ棚)などに気づいたら、慎重にその場を離れましょう。

また、雨音や風音が強い日、沢沿いなどでは周囲の気配がわかりにくくなるため、特に警戒が必要です。

万が一、クマと出遭ってしまったら


クマは、威嚇突進してきた場合でも直前で踵を返すことも多い

どれだけ準備をしていても、自然の中ではクマと「ばったり」出くわしてしまうことがあります。そんなとき、とっさにどう行動するかが命を守る鍵になります。この章では、クマと遭遇した際の行動と心構えについて解説します。

絶対に背を向けて逃げない

突然目の前にクマが現れたとき、パニックになってしまうのは当然です。しかし、最も危険な行動は背を向けて走って逃げること。クマは走るものを本能的に追いかけてしまうため、背後から襲われてしまうリスクが極めて高くなります。

クマに大きく見せ、距離をとる努力を

相手を威圧せずに自分の存在を大きく見せることで、クマが距離をとる場合もあります。以下の行動をとってみましょう。

・両手をゆっくり上げて左右に振る
・上着やリュックを広げて体を大きく見せる
・落ち着いた声で話しかける、大声を出す

クマがゆっくりと近づいてくる場合や、走って突進してくる(=威嚇)場合でも、直前で止まって逃げていくこともあります。それでも逃げる際はあくまで相手の様子を見ながら慎重に。

クマの反応は「人の目の位置」に影響される

クマは人間の「目の高さ」によって、大きな動物か弱い動物かを判断することがあります。たとえば、山菜採りで腰をかがめていると目線が低くなり、クマに「弱い相手」と誤認されてしまうことがあるのです。

そのため、顔を上げて相手をしっかり視認し、常に目線を高く保つことも重要なポイントです。

もし攻撃されたら、防御姿勢をとる

本当にクマが襲ってきた場合、戦って勝つことは不可能です。リュックを盾にしながら地面に伏せ、頭と首を守る防御姿勢をとるのが最善です。

・地面にうつ伏せになり、両手で頭と首を覆う
・リュックを背負っていれば、背面の防御に活用
・クマが去るまでじっと動かず耐える

クマは頭部や顔を攻撃してくる傾向があり、一撃で重傷を負うこともあります。反撃せず、刺激しないよう静かにやり過ごすことが重要です。

「ばったり出会ってしまった」からといって、必ず襲われるとは限りません。むしろ、クマの多くは人を避けようとする臆病な性格。恐怖心を抑え、落ち着いて対処することが、自分とクマの命を守る行動につながります。

登山者としての心構えとクマとの共存


クマの生息域だと認識することが重要

クマとの遭遇を完全にゼロにすることはできません。だからこそ、「自然の中にはクマがいる」ことを前提にした行動が求められます。登山者や自然を楽しむ人にとって、その意識の持ち方はとても重要です。

クマは「いる前提」で行動する

クマは山奥だけでなく、里山や人里に近い場所にも出没する時代です。公園やキャンプ場でさえ、クマの目撃情報がある地域も少なくありません。もはや「この山は大丈夫だろう」と過信するのは危険です。

登山やハイキングに出かける際は、そこがクマの生息域であるという前提で計画し、装備と行動を整えることが自分の命を守る第一歩になります。

クマと人が共に生きるためにできること

被害が増えると、「クマを駆除すればよい」という短絡的な声も出ます。しかし、ヒグマやツキノワグマはもともと日本の自然に生きる野生動物であり、生態系の中で重要な役割を担っています。

クマとの共存には、人間側の知識と行動の見直しが不可欠です。

・ゴミの放置をしない
・食べ物の匂いが出ないよう密閉する
・遭遇しないための行動を徹底する
・出没情報を事前に確認する

また、行政や研究者による対策体制の整備も進んでいますが、自然に入る一人ひとりの意識が最前線の対策でもあります。

クマを「知る」ことが、恐怖を和らげる

クマを過度に恐れる必要はありませんが、知らないままで山に入るのは危険です。相手を知ることで、どう対処すればよいかが明確になり、無用なパニックを防ぐことにもつながります。
恐れるのではなく、理解して備える。それが、安全と自然との調和を両立する登山者の心構えです。

よくある質問(FAQ)


クマは、臭覚は優れているが視力はあまりよくないといわれている

Q1. クマに出遭いやすい時間帯はいつですか?

A. クマは「薄明・薄暮型」といわれ、早朝(明け方)や夕方(日没前後)に活発に動く傾向があります。特にこの時間帯に登山をする場合は注意が必要です。

Q2. クマ鈴だけで本当に効果がありますか?

A. クマ鈴は人の存在を知らせる有効な手段ですが、近年は音に慣れたクマも出現しています。単独登山や音がかき消されやすい沢沿いでは、手拍子や会話、ホイッスルとの併用がおすすめです。

Q3. クマに遭遇しないための装備で最低限必要なものは?

A. 以下のアイテムは最低限携行したい装備です。これらは「出遭わない」ためと「もしもの備え」の両面で役立ちます。

・クマ鈴やホイッスルなどの鳴り物
・クマ撃退スプレー(使用方法を理解したうえで)
・小型ラジオ(人の気配を音で伝える目的)

Q4. 登山前にクマの出没情報を確認する方法は?

A. 各都道府県の環境保全課・自然保護課や市町村のウェブサイトでは、クマの目撃情報や注意喚起が随時発表されています。また、登山口やビジターセンター、山小屋での最新情報も確認しましょう。

Q5. クマと目が合ったら、どうすればいいですか?

A. クマと目が合った場合は、慌てて走らないことが最重要です。ゆっくりと後ずさりしながら距離をとる、両手を上げて自分を大きく見せるなど、相手を刺激しない行動を心がけましょう。

登山とクマ対策、命を守るための準備とは


子連れグマに出遭ったら、なるべくじっとして刺激しないこと

全国でクマの出没件数が増え、登山中の遭遇リスクも高まっている今、「クマはいる前提」で自然に入る心構えが登山者にとって不可欠です。

日本にはヒグマとツキノワグマの2種が生息しており、それぞれ異なる特徴や行動パターンを持ちます。基本的には臆病な性格ですが、エサ不足や子連れの状況、ばったり遭遇などがきっかけで攻撃に転じることもあります。

遭遇を防ぐには、クマ鈴や会話で自分の存在を知らせることが重要です。また、クマ撃退スプレーなどの装備も「持っていること」が安心感につながり、いざという時の行動を冷静にしてくれます。

そして何より大切なのは、「知識を持ち、備えること」。

クマは人間の敵ではなく、同じ自然の中に生きる存在です。恐れすぎることなく、甘く見ることもなく、適切な距離感と行動で、安全な登山と自然との共存を実現しましょう。

 
執筆:兼子梨花

本記事は、以下の4記事を再編集・統合したものです。構成の再編および一部加筆修正を行っています。

・ヒグマとツキノワグマはどちらが怖い?全国でクマ出没激増中!被害に遭わないために知っておきたいこと
・「出会い頭のバッタリ」を避ける術は?全国でクマ出没激増中!被害に遭わないために知っておきたいこと【vol.02 遭遇回避編】
・運悪く出くわしてしまったら……。全国でクマ出没激増中!被害に遭わないために知っておきたいこと【vol.03 対峙編】
・「備えあれば憂いなし」を忘れずに。全国でクマ出没激増中!被害に遭わないために知っておきたいこと【vol.04 対策グッズ編】

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