初夏の暴風に吹かれて。魔女の瞳を抱える「一切経山」と、大火口を巡る「吾妻小富士」トレッキング
初夏。山肌は瑞々しい新緑に覆われ、美しい高山植物が少しずつ花を開かせるそんな季節。
絶好のトレッキングシーズン!はてさてどこに行こうかしらと山と高原地図を見ていると、ピコンとメッセージアプリが鳴りました。
「初夏の吾妻山に行きませんか?」
吾妻山!
草木の生えぬ活火山特有の赤茶けた山肌、もくもくと立ち上る噴煙、鼻をつく硫黄の匂い‥。
当初思い浮かべていたトレッキング構想とはまるで反対のお誘い。だがしかし‥魅力的!
私の胸は一気に高鳴り、二つ返事で「行きます!」とメッセージを返していました。
というわけで、今回の行先は磐梯吾妻スカイラインの中間あたりに位置する浄土平を拠点に、背中合わせに位置する「一切経山(いっさいきょうざん)」と「吾妻小富士(あづまこふじ)」の2つの名峰を1日で回る贅沢なルート。
初夏の爽やかな青空の下、荒々しくも美しい自然の中を歩く。
そんな穏やかな山行になる予定でしたが果たして‥!?
目次
磐梯吾妻スカイラインを経て、賑わう浄土平へ

東京からのドライブを経て、磐梯吾妻スカイラインを一気に駆け上がります。
標高を上げるにつれて濃くなってゆく硫黄の匂い。やがて視界が開けたかと思うと、そこには草木の生えない赤茶けた大地が広がっていました。
もくもくと白煙を上げる山肌を見ながら、まるで別の惑星に迷い込んでしまったかのような、まさに「異世界」へと入っていく高揚感に包まれます。


浄土平の駐車場に到着すると、驚くほどの人の賑わい!
私たちのような登山客はもちろんのこと、絶景ロードを駆け抜けてきたライダー、息をらしながら坂を登りきったであろうサイクリストなど、実にたくさんの人々がこの場所を拠点に、それぞれのひと時を過ごしていました。

ビジターセンターで登山届を提出して、いざ出発!
登山口からしばらくは、平坦で穏やかな木道歩きが続きます。足元に咲く小さな高山植物を眺めながら、のんびりと歩を進めます。
しかしそんな穏やかな山歩きも束の間。徐々に傾斜が急になり、本格的な登山道へと姿を変えていきます。一歩一歩高度を上げるにつれて、じりじりと太陽の光が照り付けてくる一方で、下から吹き抜けてくる風が身体を冷やしてくれて、快適な山あるきです。



ふと息を整えるために振り返ると、そこにはお椀をひっくり返したような形をした吾妻小富士が、驚くほどくっきりと、美しい姿で佇んでいました。
その完璧な山容は、まるで私たちを応援してくれているかのよう!

そうして登り進めることしばらく、一切経山への中継地点である「酸ヶ平(すがだいら)避難小屋」に到着しました。 このあたりまで来ると、先ほどまでの心地よい風が、少しずつ強さを増していることに気が付きます。周囲を見渡すと、強まる風を避けるために小屋の中で休憩している登山客の姿もちらほら見られました。
少しの水分補給を済ませたら、持参した紙の地図を広げてこれからのルートを確認。
ここから一切経山の山頂までは、標高差約250m、コースタイムで40分ほどの登りです。急登が続く後半戦に備えて息を整え、いよいよ頂を目指します。

吹き荒れる強風! 一切経山の山頂と、神秘「魔女の瞳」の五色沼
酸ヶ平避難小屋をあとにし、一切経山の山頂へと続く直登ルートへ進みます。
少し登ると、初夏の日差しを浴びて白く輝く雪渓が目の前に現れました。

連日の暑さでほとんどが解けてしまっているものの、一歩踏み出すごとに引き締まった冷気が足元から伝わってきて、その涼しさに思わず立ち止まってしまいます。名残惜しくも雪渓を渡りきってしばらく進むと、周りはだんだんと地を這うハイマツの緑が目立つようになってきました。
ハイマツ帯を抜けて稜線に近づくにつれて、周囲の空気は一変します。
行く手を阻むように襲いかかってきたのは、初夏の爽やかさとは程遠い、身体ごと持っていかれそうなほどの強風!遮るものが何もない斜面では、風がダイレクトに吹き付けてきます。
重心を低く保ちながら、風の合間を縫うようにして一歩ずつ前へ進むしかありません。帽子が飛ばされないよう手で押さえ、お互いの声すらも風の音にかき消される、まさに自然の洗礼のような山行です。
そんな強風と格闘すること数十分、ついに視界が開け、標高1,949mの一切経山の山頂へと到着です。


山頂はさらに凄まじい風が吹き荒れており、直立すら困難な状態。
山頂標識は5月上旬の強風で倒れてしまっていましたが、同月中に復旧作業が行われ、再び空へ向かって真っすぐと立っていました。復旧に尽力してくださった方々に感謝です。
(復旧の様子:浄土平ビジターセンター | 山頂標識の立て直し)
しかし、この過酷な強風に立ち向かった者だけが立ち会えるとでもいうのでしょうか、圧倒的な光景がその先に待っていました。
山頂の縁へと進み、崖の下を見下ろした瞬間、それまでの行程を忘れさせる絶景が目に飛び込んできます。それこそが、吾妻連峰の至宝「魔女の瞳」と呼ばれる五色沼です。

吸い込まれそうなほど深いコバルトブルーの瞳が、火口の底からぽっかりとこちらを見つめていました。
荒涼とした茶褐色の世界の中に突如現れる、神秘的な青。風の強さも一瞬で忘れてしまうほどの、息をのむ美しさ。
いつまでも眺めていたい絶景ではありましたが、吹き付ける暴風に体温を奪われないよう、名残惜しくも山頂をあとにしました。
- 福島県
- 1,949m
- 三百名山
一切経山から鎌沼・姥ヶ原を経て浄土平へ
山頂の強風から逃れるように酸ヶ平まで下りてくると、風はいくぶんか和らぎ、再び穏やかな空気。ここからは浄土平へ直接下山せず、西側に広がる鎌沼(かまぬま)へと足を延ばします。
木道を進むと、突如として目の前に大きな池塘、鎌沼が現れました。一切経山から見下ろした「魔女の瞳」の深いコバルトブルーとはまた異なり、間近で見る鎌沼の水は底が見えるほど透明度が高く、澄んだ青色をしていました。
風によって水面が細かく揺れ、初夏の日差しを反射している様子は、先ほどまでいた一切経山の荒涼とした火山風景とはまるで対照的で、のんびりとした時間が流れます。


鎌沼のほとりを半周するように木道を伝い、次に向かったのは広大な湿原が広がる姥ヶ原(うばがはら)。
この姥ヶ原にはコバイケイソウの群落があることで知られていますが、この日は青々とした葉が茂るのみで、期待していた白い花を見ることはできませんでした。コバイケイソウは年によって花の付き方が大きく変わることで知られており、今年は残念ながら花の咲く年‥所謂当たり年ではなかったのかもしれません。ざんねん。
しかし足元に目を移すと、チングルマがそのちいさな白い花を咲かせていました。


この姥ヶ原一帯は、冬になると非常に厳しい西風の通り道となるため、背の高い木々や植物群落の発達があまり進まない環境にあります。そのため、地表を這うように生きる、丈の低い高山植物が優占する独特の生態系が作られているのです。
名残惜しくも花々を後にして、再び出発地点である浄土平へと戻ります。
立っていられないほどの暴風!?吾妻小富士のお鉢巡りへ
無事に浄土平へと戻り、レストハウスで小休止。道路を挟んで向かい側にある吾妻小富士へ向かいます。
ここからは、火口の縁を1周する「お鉢巡り」の予定。 山頂までは、砂礫の斜面に作られた丸太の階段をジグザグと登っていきます。標高差は100mほどですが、一切経山を歩いた後の足にはなかなかの急登です。

階段を登りきると目の前が一気に開き、直径約500mの巨大な火口が現れました。深さは約70mほど。代表的なコニーデ型火山の特徴をよく示しています。
10分ほど登るだけでこの絶景、なんとすばらしい!と思ったのもつかの間、凄まじい風が襲いかかってきました。先ほどの一切経山が「強風」とするならば、この吾妻小富士の山頂で吹き荒れているのは、まさに「暴風」!
あまりの風に、登ってきたもののお鉢巡りを諦めて引き返していく一般の観光客や登山客の姿も多く見られました。
私たちも一瞬怯みましたが、姿勢を低く保ちながら、火口の縁に沿って約1時間のお鉢巡りへと足を進めることにしました。




遮るもののない遮蔽物ゼロの稜線では、油断すると体ごと持って行かれそうになります。突風が吹くたびに足を止め、耐風姿勢を取りながら一歩一歩踏みしめて歩きます。
しかしながら過酷さの反面、目に入ってくる景色は抜群!火口越しに先ほどまで自分たちがいた一切経山が見えます。
眼下を見ると、眼下にはミニチュアのように小さくなった浄土平の駐車場と、そこへ続く磐梯吾妻スカイラインの美しい一本道が伸びていました。
耐え間なく吹き付ける暴風と闘いながら火口をぐるりと一周し、階段を下りて浄土平の駐車場へと無事に帰還!ひとしおの達成感とともに今回のトレッキングの幕を下ろしました。
- 福島県
- 1,707m
旅の終わりに、名湯「あったか湯」!
初夏の爽やかなハイキングをイメージして訪れた吾妻連峰でしたが、実際に体感したのは、一切経山と吾妻小富士の双方で吹き荒れる猛烈な暴風でした。
しかし、その厳しい環境だからこそ、深く青い五色沼(魔女の瞳)や、透明度の高い鎌沼、そして姥ヶ原の強風に耐えて咲くチングルマなど、火山帯特有の景色に出会うことができました。

下山後は、磐梯吾妻スカイラインを福島市内側へと下り、向かったのは高湯温泉の共同浴場「あったか湯」。
ここは昔ながらの湯治場の雰囲気を再現した、木造りの温かみがある日帰り温泉施設。お湯は、一切経山周辺の火山地帯特有の成分を含んだ、白濁した源泉掛け流しの硫黄泉でした。
共同浴場あったか湯|【公式】ありのままの温泉 高湯温泉

浴槽に体を沈めると、心地よい硫黄の香りが鼻をくすぐります。一切経山と吾妻小富士の暴風に吹かれて冷え切った身体が、じんわりと芯から温まっていくのが分かりました。
湯上がりの肌に心地よい余韻を感じながら、過酷だからこそ美しい、そんな初夏の吾妻山の旅を締めくくりました。
今回歩いたコース
スタート:浄土平駐車場(浄土平ビジターセンター)
→ 酸ヶ平避難小屋
→ 一切経山山頂・魔女の瞳(五色沼)
→ 酸ヶ平避難小屋
→ 鎌沼
→ 姥ヶ原
→ 浄土平駐車場
→ 吾妻小富士山頂(お鉢巡り)
→ 浄土平駐車場
→ 磐梯吾妻スカイライン
→ ゴール:高湯温泉 共同浴場「あったか湯」
その他のおすすめのルート
浄土平から東吾妻山周遊
日帰り/4時間20分 一切経山や吾妻連峰の展望と、美しい湿原を満喫できる周遊中級コース。浄土平から姥ヶ原、そして絶景の東吾妻山山頂へ。高山植物が咲き乱れる景場平や鳥子平などの湿原を巡る、見どころ満載のプランです。
高湯温泉から一切経山へ
日帰り/7時間55分 古くからの信仰の道をたどる、歩きごたえ十分な周遊中級ロングコース。ガレ場の急登を乗り越えた先の一切経山山頂からは抜群の展望が広がり、特に「吾妻の瞳」と称される美しい五色沼の絶景は格別です。
おまけ:溶岩蜜芋に恋焦がれ…
突然ですが、「溶岩蜜芋」って知っていますか?
浄土平レストハウスで販売している焼き芋なのですが、溶岩の遠赤外線効果でそれはそれは甘く、とろけるような味わい‥だそう。
一切経山から下りた後、吾妻小富士へ向かう途中でその存在を知り、「吾妻小富士から下りたら食べよう」と暢気に構えていたのですが、下山後に立ち寄るとなんと売り切れ!
空になった什器を恨めしそうに見つつ、レストハウスを後にすることになりました。
食べたいと思った時が食べ時。絶景のシャッターチャンスと一緒で、一瞬の好機を逃しちゃダメですね。え、ちがう?

おわり






